米国不動産流通研究レポート(後半)

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2012年に行われた米国不動産流通調査のレポート(後半)です。

第四回 :消費者保護のための流通事業者育成システム -継続教育によるスキル向上

米国の不動産エージェントは必ずブローカー(不動産会社)に所属契約し、教育トレーニングや賠償保険、マーケティング、リーガルサポートなどの支援を受けながら業務を遂行している。第4回は、米国における不動産エージェントの資格・教育システムについて解説してもらう。

米国のエージェントとブローカーの関係は完全歩合制になっており、エージェントは営業報酬の約3割をブローカーに納め、様々な支援を受ける。各ブローカーの職場では、エージェント教育が盛んに行われている。

エージェントにとって、営業上必要な情報の取得が重要であり、情報を毎日確認しなければ営業できない環境に置かれている。共通契約書様式の変更や法令改正、教育トレーニング開催情報、統計情報などをMLSサイトやブローカーから入手している。

この背景には、00年以降のインターネットの普及や物件情報の拡充がある。情報提供の充実による多様化する消費者ニーズへの対応や顧客との信頼関係構築の重要性が高まった。購入希望者に対する売却価格分析報告書の作成や各専門家とのネットワークによる顧客へのサービス提供といった営業上の実務能力の向上が従来以上に求められているのだ。  エージェントの資格制度は州政府が制定している。各州政府は、不動産関連ライセンスの質の確保や教育、資格試験の運用サポートを行う専門協会、ARELLO(Association of Real Estate License Laws Officials)と契約締結し、ARELLOが不動産ライセンスの試験内容を作成している。

試験内容や試験頻度、更新、教育制度などは州によって異なるが、各州とも試験は頻繁に行っており、業界への参入規制を低く設定している。一方で、ライセンス取得者のスキルを維持、向上するための継続教育を義務化。試験前後やライセンス更新ごとに数十時間に及ぶ講習受講が必要になる。

ワシントン州は、2年ごとの更新制だ。受験前後にはそれぞれ90時間、更新する2年ごとには30時間の受講が求められる。講習では、法令以外の営業上のマナーやコンプライアンスなどの教育を地域のリアルター協会(NAR)やMLSとともに、ブローカーが実施。一定の実務経験を経て、営業管理責任者としてのライセンスを取得したブローカーが日々、所属エージェントの教育に努めているのが米国の仕組みの特徴だ。

ある不動産ブローカーの会長から伺った「ブローカー自身が、消費者や顧客のためにという日々の正しい心の持ち方(Right Mindset)をエージェントと共有し、実行すればビジネスは必ず成功し、業界が発展する」という言葉が印象に残った。

日本でも不動産流通業界への消費者の期待の高まりから、仲介業務はますます高度化している。宅建業者や従業者の知識の習得・能力向上に加え、コンプライアンスや従業者管理能力などについて、協会や企業における研修の更なる充実を期待すると同時に、行政の後押しが必要であると考える。

(2012年6月12日 国土交通省不動産業政策調整官(当時)小林正典)

第五回 :資産価値の適正な評価システム -物件鑑定方法の標準化

米国では建物の担保価値の査定基準の統一化や建物鑑定士(アプレイザー)の資格制度の導入で、リフォームなどによる建物価値の維持、向上が適正に評価される仕組みが普及した。中古住宅の流通促進が実現した要因の1つと言われている。第5回は、米国の建物査定方法の特徴について解説してもらう。   

米国の住宅価格は、過去から現在に至るまで安定的に増大している(第1回グラフ参照)。背景には、人口増加や経済成長のほか、「住宅は手入れをしながら長く使う」国民性や、景観などへの規制を含めた地域そのものの価値を高める取り組みがある。そして建物評価方法の見直しが、住宅の価値を着実に押し上げてきたと言える。

米国の銀行ローンは従来から、個人の信用力を評価した貸出しが一般的だ。ただ、評価方法やライセンス取得がルーズであったことや市場活性化の必要性から1980年代以降、評価基準の確立が求められてきた。民間の不動産鑑定協会と州政府が連携しつつ、建物査定の標準化について検討を始め、1989年には連邦法(FIRREA法01Financial Institutions Reform, Recovery, and Enforcement Act of 1989)に基づく鑑定(アプレイザル)基準の統一化が行われた。また、2009年の01Frank Dodd法では、アプレイザーはローン会社に影響されず、全米で統一化された標準査定フォームに基づき評価するよう徹底されている。査定基準の統一化に併せて、アプレイザーのクオリティ向上の取り組みも進められた。試験制度の厳格化やローン担当者の資格取得必須化などが行われている。

アプレイザーは、ローン会社から鑑定管理会社、AMC(Appraisal Management Company)を通じて発注を受ける。査定手数料は1件当たり約$450が相場で、買い手負担だ。査定はデータ分析や計測、統一評価基準のチェックポイントを見る。適切にリフォーム・維持管理されていれば、たとえ30?40年以上経った物件でも担保価値を認めてローンを提供している。

この保守・管理や改築による価値の維持、向上が考慮されるのが米国の特徴だ。属性データベース(DB)や履歴DB、性能DBに基づき、近隣の取引事例との比較で評価・査定する。既存住宅の履歴情報DBの充実(第3回参照)が可能にしている。

米国では基本的に、土地と建物を一体的に評価する。日本の戸建て住宅のように土地と建物が別個の基準ではない。また、評価方法を見ても、住宅の築年数が重視され、住宅の質に関係なく一律に資産価値が減少する原価法中心の日本とは異なる。
もちろんこの背景には、地価や土地に対する消費者の意識、建物価値に対する認識など、資産としての住宅に対する考え方が根本的に違うといったことがある。しかし、その価値を査定する項目や要素に著しい相違がないのも事実だ。

前述のように、米国の住宅価格が増大してきた背景には、建物評価方法の見直しが挙げられる。

我が国でも築年数で建物価値を判断する評価基準を見直し、リフォームなどによる住宅の質の維持、向上を適切に評価する消費者にとっても分かりやすい仕組みづくりが必要不可欠であると考える。市場関係者の連携による取り組みにも期待したい。

(2012年6月19日 国土交通省不動産業政策調整官(当時)小林正典)

第六回 :ホーム・インスペクションの制度化 -検査基準標準化で消費者保護実現

米国では、建物検査(ホーム・インスペクション)の制度化が進んでいる。01年から検査基準やインスペクターの資格制度が普及し、現在30州で制度化。中古流通促進に寄与している。第6回はインスペクション制度の経緯と特徴について、解説してもらう。

 米国のインスペクションの歴史は、1976年まで遡る。この年、ASHI(American Society of Home Inspectors)という業界団体が設立。差し押さえ物件の価値を見極める目的で、投資家のために制度が作られた。当時、資格は不要だった。
住宅分野で本格的に活用され始めたのは1990年代から。当初は、顧客が家を買うための知識の1つに過ぎず、契約書上のものではなかった。その後、中古流通量の増加にともない検査取扱量が増え、ASHIのほか、NAHI(National Association of Home Inspectors )などの10数の建物検査関連協会で、ルールや基準が作成、運用されてきた。
初めて法制化されたのは、01年のマサチューセッツ州。インスペクターが消費者保護に抵触する例が見られたことが背景にある。ワシントン州でも、行政の検討や協会の要望、消費者団体からの要請が重なり、09年に州法が制定。インスペクションの資格制度が施行された。

インスペクションは通常、契約成立後に、買主側の不動産エージェントの紹介を受け、買主立ち会いのもと、実施する。約2?3時間の現地調査を踏まえ、購入物件の現状レポートを作成。買主は報告を受けて最終的な契約の判断や修繕すべき箇所の確認を行う。
検査項目や基準の特徴は何か。最低限を検査することだろう。建物構造を詳細に調査し、瑕疵(かし)や問題箇所を全て見つけるのが前提ではない。調査項目は現況を見て、経済的な損害があるのか、健康を守る基準が満たされているのかなどに限定される。州が定める最低基準項目をチェックし、細かい構造などには立ち入らない。
売主が買主側に示す物件状況の告知書の内容も踏まえ、契約を最後まで履行してよいかどうかを確認する制度となっている。

インスペクターは、第三者性が重要になる。売主と買主は立場や利益が相反するので、双方から中立であること、倫理基準に基づき検査することが求められる。費用(通常約500ドル)は買主が払うが、買主のニーズを満たしているかどうかは無関係で、事実がありのままに報告される。インスペクターは、取引の有利不利などには一切関与しないという。制度面でも、インスペクターによる修理・工事や、エージェントとの癒着を禁止している。

インスペクターの質の維持、向上に教育制度の果たす役割は大きい。ワシントン州では資格取得のために、120時間の初期教育、250時間の実地研修を必須化している。資格の有効期間は2年で、更新のための継続教育も24時間が課されている。法制化以前は州内約1500人だったインスペクターが、法制化後の現在は700?800人規模の専門家集団になっている。バックグラウンドは建築・土木施工関係が多い。

インスペクター業務を詳細に見てみると、その難しさを感じる。ワシントン州では、通常のインスペクションレポートは最低10?15ページ。良いインスペクターは50ページ程度だという。詳細過ぎても評価されないが、一方で買主の納得感や安心感を得る必要がある。基礎から屋根まで、建てられた年代や工法別の家の状況、地方行政の法律などにも精通していなければ、短時間で要求水準を満たす検査や報告は出来ない。

 インスペクターによる修理・工事の禁止をはじめとする分業化システム、エージェントとの癒着禁止、教育制度の充実。この10年で急速に制度が進んだ米国ホーム・インスペクションの共通事項だ。住宅購入者が安心して契約できる流通システムや市場拡大に貢献している。我が国のインスペクションの在り方検討時に参考になる部分があると考える。
(2012年6月26日 国土交通省不動産業政策調整官(当時)小林正典)

第七回 :市場拡大要因を総括 -消費者ニーズを実現する流通システム

1990年以降急拡大した米国の不動産流通市場。本稿ではそれを支えた不動産流通システムの特徴や業界団体、行政の取組みの解説を連載してきた。最終回となる第7回は、米国流通市場の拡大要因を総括したうえで、小林不動産業政策調整官が考える米国流通システムから学ぶべきポイントを考察してもらう。

 米国の中古住宅流通市場が拡大してきた背景には、人口増加や移民・海外からの資金流入、若年層の購入意欲の高まり、ベビーブーマー世代の大量リタイアに伴う老後の住宅需要といった実需と、住み替えを頻繁に行う国民性がベースにある。
この実需や国民性を後押ししてきたものの中には、長期・安定的な低金利のほか、税制面の取組みがある。譲渡税の控除やローン利子控除制度だ。譲渡税の控除は2年間の居住要件を満たすことで、夫婦合算申告で50万ドルまでが免税されるもの。2年経過で何度でも利用可能だ。特に、米国の伝統的なライフスタイルになっている買い替えサイクルを支えてきた。
住宅取得に対する消費者の意識も大きい。米国では一般的に住宅の資産価値が上がっていくことから、品質を維持すれば売却時に利益が出る資産、良質な投資だという考え方が浸透している。収入や家族構成の変化などライフステージに合わせて、7?8年程度で新たに手入れの行き届いた中古住宅に住み替えるサイクルにつながっている。

こうした消費者の需要や認識を支えているのが、不動産流通システムだと言える。成約価格・取引履歴情報を含めた透明性の高い情報提供システムや不動産エージェントと市場関係者との役割分担・分業システム、エージェント・ブローカー、業界団体あげて取り組む教育システムの充実、建物検査の制度化などは取引を行う消費者に安心を与えている。物件の価格査定方法の確立は住宅価値の維持、向上に寄与している。これらの相互作用が結果的に取引量の増加や市場の急成長につながっている。

ここで、今後の我が国の流通市場を考えると、住宅ローン返済終了時に資産価値が残りにくい現在の仕組みは、課題であると言える。課題解決のためには、例えば木造住宅でも耐久性が高く、60年以上住み続けられる良質な住宅が豊富に供給される市場作りからはじまり、築年数のみならず性能・品質に応じた住宅の価格査定手法の確立が必要になると考える。取引の円滑化に視点を移せば、消費者が求める物件情報の整備や提供の充実も求められる。米国の物件情報提供システムを支えるMLS(Multiple Listing Services)の仕組みから学ぶべき点は多い。

さらに、政府や金融機関の税制・金融支援により、省エネ・耐震改修をはじめとするリフォーム需要の喚起や、性能・品質を重視した住宅の売買、維持・管理を後押ししていくことが重要であると考える。住宅の取得や住まい方、流通時に必要な知識についての消費者に対する「住育」も必要だろう。こうした合理的で透明性の高い市場環境の整備と国民の住宅や住まい方に対する意識の改革、流通市場関係者の消費者ニーズに対応したサービス提供の充実が同時進行することで、我が国の流通市場拡大につなげられると考える。

米国流通システムの特徴として、市場関係者の役割を明確化し、ビジネスを展開しやすい環境を整備しながら、官民をあげて消費者の満足度を最大化する市場づくりに取り組んでいることが言える。流通システムはどれも時間をかけながら取り組んできた成果だ。その前提に文化や商習慣の違いもある。ただ、それだけで片付けず、本連載を通じて多くの学ぶべき点が共有され、我が国の流通市場活性化に向けた議論の契機になれば幸甚である。

 最後に、不動産流通システムは、多様な消費者ニーズへの対応や消費者保護を実現するためのものと考える。消費者が求める住宅をより選択しやすい環境のもと、より安心して効率的に売買できる仕組みを構築するツールだ。国民それぞれのライフステージやライフスタイルに合った住宅が供給されていくように、行政の人間の一人として、市場関係者の方々と協力しながら努力したいと考えている。

(2012年5月 国土交通省不動産業政策調整官(当時)小林正典)

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